大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)203号 判決 1985年12月24日

原告

井関農機株式会社

被告

特許庁長官

右当事者間の昭和59年(行ケ)第203号審決(実用新案登録願拒絶査定不服審判の審決)取消請求事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和59年7月10日、同庁昭和58年審判第12411号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第2請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和51年1月27日、名称を「水田用ゴム車輪」とする考案(以下「本願考案」という。)について、武智義加と共同で実用新案登録出願(昭和51年実用新案登録願第8353号)をし、昭和56年2月20日、同人から実用新案登録を受ける権利(持分)を譲り受け、同日、特許庁長官にその旨の届出を了し、昭和56年4月2日出願公告(実公昭56―14081号)があつたところ、小田文明外2名から登録異議の申立てがなされ、原告は、昭和57年1月22日付で明細書の実用新案登録請求の範囲及び考案の詳細な説明の項を補正したが、昭和58年2月23日に右補正は却下すべきものとする決定及び登録異議の申立ては理由がある旨の決定と同時に拒絶査定を受けたので、同年6月2日、これを不服として審判の請求(昭和58年審判第12411号事件)をするとともに、同日付全文補正明細書及び補正図面を提出して手続補正をしたが、昭和59年7月10日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同月24日原告に送達された。

2  本願考案の要旨

軸装部のボス部から芯金用の中空パイプの鉄製輪に複数本の中空パイプスポークを連接して車輪を形成し、該スポークと鉄製輪との外周面部に弾性ゴムを被覆して設けるに、このスポーク部における弾性ゴムは、ボス部近傍位置は除き鉄製輪側からボス部方向に適当位置まで被覆し、弾性ゴムには所望の間隔をおいて一体的に膨出するラグ体を設けてなる水田用ゴム車輪。

3  本件審決理由の要点

本願考案の要旨、前項記載のとおりと認められるところ、原査定の理由で引用した仏国特許第1393592号明細書(以下「引用例」という。)には、軸装部のボス部から芯金用のリム部に複数本のスポークを連接して車輪を形成し、該スポークとリムとの外周面部をゴム層によつて被覆したゴム車輪(以下「引用例のゴム車輪」という。)が示されているものと認められる。なお、引用例のゴム車輪のリム部は、本願考案の鉄製輪に相当するものと解される。

そこで、引用例のゴム車輪と本願考案とを比較すると、(1)引用例のゴム車輪は、そのスポーク及び鉄製輪が中実材であるのに対して、本願考案のゴム車輪は、そのスポーク及び鉄製輪が中空パイプ材である点、(2)引用例のゴム車輪は、スポークに対するゴムの被覆がスポーク全長についてなされているのに対して、本願考案のゴム車輪は、スポークに対するゴムの被覆が、ボス部近傍位置は除き鉄製輪側からボス部方向に適当位置まで被覆されている点、(3)引用例のゴム車輪は、ラグを有しないゴム車輪であるのに対して、本願考案の車輪は、鉄製輪を被覆したゴム層に所望の間隔をおいて一体的に膨出するラグ体を設けた水田用ゴム車輪である点において、両者は相違しており、その余の点において一致しているものと認められる。

そこで、右各相違点について検討する。

1 相違点(1)について

一般的に車輪のスポーク、鉄製輪については、中実材で構成することはもとより、中空パイプで構成することも従来良く知られたことであり、いわゆる水田用のラグ付ゴム車輪においても周知の事項である(必要ならば、1例として実公昭49―26083号公報参照)。車輪のスポークであるか、鉄製輪であるか、あるいは他の部材であるかにかかわらず、中実材に比べて、中空材は、同じ強度をもたせるうえでは軽量化に寄与し得ることは、当業者の技術常識である。したがつて、引用例のゴム車輪の鉄製輪及びスポークについて、これを中空パイプとすること、すなわち、相違点(1)は、車輪の軽量化を図るために、当業者が適宜なし得る単なる設計変更にすぎないものと認められる。

2 相違点(2)について

引用例のゴム車輪は、その接地タイヤとなる鉄製輪のゴム被覆層が、スポークの被覆層と一体になつているから、鉄製輪からその被覆層が剥離することは全くない旨引用例に記載されていること、及び図示の構造から、スポークと鉄製輪との溶接部の防錆、スポークと鉄製輪との接合部からの被覆層の剥離防止、前記接合部における泥土の付着防止、泥土の車輪付回り防止等の本願考案の効果と同様の効果を生ずることは、当業者が極めて容易に理解し、あるいは推認し得るところと認める。また、引用例の車輪は、ボス、スポーク、鉄製輪のすべてを含めてこれをゴム層によつて被覆したことによつて、被覆した部分の防蝕効果を生ずるものであることは、引用例の記載から明らかであり、このことから、緩衝作用等の他の機能とかかわりがないボス、スポーク等の一部については防蝕上必要と考える範囲に限つてゴム層で被覆してもよいことは、当業者に自明のことである。そればかりでなく、いわゆるゴム車輪において、鉄製車輪のみならずその側板(引用例のスポークに対応する部分)をもゴム層によつて被覆してこれらの部分をも保護するにつき、側板のボス部近傍位置を除いて鉄製輪側からボス部方向にその途中まで被覆することは、従来周知の事項であり(必要ならば、実公昭40―29041号公報参照)、このことによつて、側板全面をゴム層で被覆する従来周知のもの(必要ならば、実公昭41―21521号公報参照)に比べて、ゴム材料の節減あるいは車輪の軽量化に寄与し得ることは、当業者に自明の事項である。そして、本願考案は、相違点(2)によつて、「余分なところは被覆せず目的とするスポーク3と鉄製輪2との接合部を必要にして十分被覆できる」(本願考案の明細書第5頁末行ないし第6頁第2行)という作用ないし効果を生ずるにとどまり、更に、相違点(2)でいう「適当位置」までとはスポークのどの位置あるいはどの範囲を意味し、また、前記の「余分なところ」とはどの部分あるいはどの範囲を意味するかについて、請求人(原告)は「短かい程よい。なぜなら、短かい程軽くできるからで、実施品は数cmである。」と回答している(昭和59年4月10日付回答書第5頁第13行及び第14行)。したがつて、相違点(2)は、余分なところについてはゴム層による被覆を行わず、これによつて軽量化及び材料の節減を図ることができる、という作用ないしは効果を生ずる事項を意味するにとどまるものと解され、それ以上の格別顕著な作用ないしは効果を生ずる事項を意味するものとは解されない。また、これと反するものと理解すべき理由は、本願考案の明細書の考案の詳細な説明の項にも見出し得ない。したがつて、相違点(2)は、被覆ゴム材の節減、車輪の軽量化等のために、前述の周知事項に倣つて、当業者が適宜なし得る単なる設計変更にすぎないものと認められる。

3 相違点(3)について

鉄製車輪をゴム層で被覆したゴム車輪に、所望の間隔をおいて一体的にラグを膨出させて、これを水田用のゴム車輪とすることは従来周知の事項にすぎない(必要ならば、前記の実公昭49―26083号公報参照)。そして、引用例のゴム車輪は、ラグを一体的に膨出させることが可能でないと解すべき理由はない。したがつて、相違点(3)は、引用例のゴム車輪に、周知のラグ付の水田用ゴム車輪に倣つて、ラグを一体的に膨出させて水田用ゴム車輪にしたというに相当し、当業者が従来周知のラグ付の水田用ゴム車輪に倣つて、極めて容易になし得る単なる設計変更にすぎないものと認められる。なお、請求人(原告)は、水田用車輪にとつては、軽量であるとともに、車輪による泥土中での十分な推力を確保することが不可欠の要件であり、本願考案はこれらの要請に応え得るものであるのに対して、引用例のゴム車輪はこの要請に応えることができないものである旨主張するが、軽量化と十分な推力の確保が水田用車輪にとつて肝要な事項であることは、当業者の常識であり、従来周知の水田用車輪もこれらの要請に対して、本願考案と同程度に応えることができることは自明である。したがつて、請求人(原告)が主張するこの点を本願考案特有の効果と認めることはできない。

以上のとおりであるから、引用例のゴム車輪と本願考案との相違点(1)ないし(3)は、すべて当業者が従来周知の事項等その知見によつて適宜変更し得る事項にすぎないものと認められるので、結局、本願考案は、引用例に記載された技術内容と実質的に同一ないしは引用例に記載された技術内容と周知事項により本願考案の実用新案登録出願前に極めて容易に案出することができた考案と認めるほかはない(異議申立人小田文明の異議申立理由及び実用新案法第41条の規定によつて準用する特許法第158条参照)。したがつて、本願考案の出願人(原告)は、実用新案法第3条第1項第3号ないしは同条第2項の規定により、本願考案について、実用新案登録を受けることはできない。それ故、原査定は、適法であつて、これを取り消すべき理由はない。

4  本件審決を取り消すべき事由

本件審決には、以下に述べるような違法の点があり、取消しを免れない。

1 判断違脱ないしは審理不尽の違法(取消事由(1))

本願考案は、昭和56年4月2日に出願公告(実公昭56―14081号公報)されたところ、小田文明外2名から登録異議の申立てがなされたので、原告は昭和57年1月22日付で明細書の実用新案登録請求の範囲の項及び考案の詳細な説明の項の一部を補正したところ、特許庁は、昭和58年2月23日、拒絶査定と同時に補正却下の決定及び登録異議の申立ては理由がある旨の決定をした。そこで、原告は、同年6月2日、拒絶査定不服審判の申立てをなし、同年9月2日付審判請求理由補充書(甲第19号証の1)を提出し、右補正却下決定が誤りであることを新たな理由として、原査定の取消しを求めた。

しかるに、特許庁は、右補正却下決定が誤りであることを理由として原査定の取消しを求めた原告の審判請求部分について、全く審理・判断していない。したがつて、本件審決には、判断違脱ないしは審理不尽の違法がある。

2 実用新案法第41条において準用する特許法第159条第2項及び第50条の規定違反の違法(取消事由(2))

本件審決は、原査定は適法であつて、これを取り消すべき理由はないとしているが、原査定は、異議申立人小田文明の異議申立理由補充書(甲第15号証)記載の理由を拒絶の理由とて援用しているところ、右異議申立理由は、本願考案は、引用例、特公昭48―24207号公報(甲第16号証)及び実公昭41―21521号公報(甲第6号証)に記載された公知技術に基づいて、当業者が極めて容易に考案し得た程度のものであるというもので、その論理は、本願考案と引用例記載の技術内容又は実公昭41―21521号公報(甲第6号証)記載の技術内容との間には、ゴム車輪を水田に用いるかどうかという点のみ相違し、目的、構成、効果の全部が同一であり、ゴム車輪を水田に用いる点は、特公昭48―24207号公報(甲第16号証)に記載されているというものである。

一方、本件審決は、本願考案と引用例記載の技術内容とを対比した結果、両者間には(1)ないし(3)の相違点があると認定しており、それ自体既に原査定とは異なる理由となつているばかりか、相違点(1)について、前記本件審決理由の要点1記載のとおり認定判断しているが、右のような拒絶理由は、原査定の理由中に全く示されておらず、また、右理由中で引用されている実公昭49―26083号公報(甲第4号証)は、前記小田の異議申立理由中では引用されていない新たな引例である。また、本件審決は、相違点(2)について、前記本件審決理由の要点2記載のとおり認定判断しているが、①緩衝作用等の他の機能とかかわりがないボス、スポーク等の一部については防蝕上必要と考える範囲に限つてゴム層で被覆してもよいことは、当業者に自明のことであるとした点、②側板を引用例のスポークに対応するとした点及び③ゴム層によつて被覆して保護するにつき、側板のボス部近傍位置を除いて鉄製輪側からボス部方向にその途中まで被覆することは、従来周知であるとして、実公昭40―29041号公報を引用した点は、いずれも原査定の理由中に全く示されておらず、また、右公報は、前記小田の異議申立理由中では引用されていない新たな引例である。更に、本件審決は、相違点(3)について、前記本件審決理由の要点3記載のとおり認定判断しているが、右のような拒絶理由は、原査定の理由中に全く示されていない。したがつて、特許庁としては、以上のような新たな拒絶理由や引例を出願人である原告に事前に通知書で示し、意見書提出の機会を与える必要があつたのであり、仮に叙上の拒絶理由を事前に通知されていたとすれば、出願人である原告は、意見書において、右の新たな拒絶理由の誤りを技術的に充分説明するとともに、新たな拒絶理由として示された事項について、明細書又は図面を補正できたのであつて、そうした機会を与えずになされた本件審決には、実用新案法第41条において準用する特許法第159条第2項及び第50条の規定に違反した違法がある。

3 本願考案と引用例記載の技術内容との相違点に関する本件審決の認定判断中、一般的に車輪のスポーク、鉄製輪については、中実材で構成することはもとより、中空パイプで構成することも従来良く知られたことであり、いわゆる水田用のラグ付ゴム車輪においても周知の事項であること、並びに鉄製車輪をゴム層で被覆したゴム車輪に、所望の間隔をおいて一体的にラグを膨出させて、これを水田用のゴム車輪とすることは従来周知の事項であることは争わないが、本件審決は、本願考案のゴム車輪(水田用ゴム車輪)と引用例のゴム車輪(手押車等のゴム車輪)とでは、その属する技術分野を異にするにもかかわらず、右技術分野の相違を看過して本願考案と引用例記載の技術内容とを対比した結果、本願考案は引用例記載の技術内容と同一ないし引用例記載の技術内容から極めて容易に考案をすることができたものである旨の誤つた認定判断をした違法がある(取消事由(3))。すなわち、

(1)  従来の水田用車輪の構造は、甲第7号証(実公昭49―6404号公報)や第10号証(三菱田植機)に示されているように、3本位のスポークの外側に環状の細い鉄製輪を取り付け、この鉄製輪に8枚の薄鉄板製のラグ板を溶接固定した構造であつたため、「ごとごと」して路上走行が困難であつたことやラグ板を1枚ずつ鉄製輪に溶着する手間が大変であつたこと、更には、鉄板ラグに泥土が多量に付着することなどから、次第に敬遠され、昭和46年以降ゴムラグ板が用いられるようになつたが、当初のゴムラグ水田用車輪は、甲第4号証(実公昭49―26083号公報)、第8号証(実公昭49―23921号公報)、及び第9号証(実公昭49―45534号公報)に記載されているように、環状の鉄製輪の外周をラグ一体成形の弾性ゴムで被覆する構造であつて、鉄製輪を支持するスポーク部には弾性ゴムを被覆しない構造であつたため、泥土の付着は防止できたが、ラグが回転のたびに弾性変形することによつて生ずる伸長あるいは縮小のため、スポークとゴムの間に伸・縮が原因の隙間ができ、この隙間より泥水が侵入し、①スポークの外端部に鉄製輪を溶着してあるため、スポークと鉄製輪との連接部に錆を生じさせる、②スポークと鉄製輪との連接部のゴムが剥離して耐久力に欠ける、という欠陥を新たに生ずるに至ったところ、本願考案は、右の欠陥を解決するために、ボス部近傍位置を除いて鉄製輪側からボス部方向に適当位置までスポーク部にゴムを被せるという手段を採用し、右の欠陥を解決したのである。したがつて、本願考案の新規性・進歩性の判断に当たつては、水田用車輪において、ボス部近傍位置を除いて鉄製輪側からボス部方向に適当位置までゴムを被せた公知例はあるかどうかという点を、第1に審理しなければならないのであつて、そうしなければ、本願考案の工夫点について審理したことにならないし、たとえ、似たようなものがあつたとしても、水田用ゴム車輪でなければ、考案の本質がまるで相違するから、対比する対象とはならない。ところで、引用例には、「軸装部のボス部から芯金用の帯鋼により環状に形成されたリム部に6本の中実丸棒を連接して車輪骨組を形成し、ボス部の両端を除き、ボス部は中心程大径になるように、スポーク部は車輪の軸に対して軸方向に平らなプロフイルの断面を持つているように、リム部は帯鋼の厚みに対して、その16.4倍もの厚みになるように、それぞれすつぽりゴム層によつて被覆した手押車、荷車及びその他の運搬及び輸送用装置(engin)のための車輪」が記載されているのであつて、右車輪と水田用ゴム車輪である本願考案のゴム車輪とは、その属する技術分野を全く異にし、したがつて、技術内容の発展過程もおのずから異なるものであるから、引用例記載の技術内容を本願考案の新規性・進歩性を判断する際の基準とすることはできない。このことは、水田用車輪は、特許庁編「発明および実用新案の分類表」の第1類農業A整地動力耕耘機のラグ車輪に属するものとして、他の車輪とは区別して取り扱われてきており、実務上も、手押車、荷車その他の運搬及び輸送のための用具の車輪とは異なる技術分野に属するものとして取り扱われてきていることからも明らかである。そして、本件審決は、本願考案の本質を理解しないまま、相違点(2)について、「スポーク部の一部について防蝕上必要と考える範囲に限つてゴム層で被覆してもよいことは、当業者に自明のことである」と認定しているが、ここでいう「当業者」とは、「水田用ゴム車輪の当業者」を指しているとすれば、自明ではないし、かつ、前記のとおり、従来の水田用車輪は、鉄板ラグに代えてゴムラグを鉄製輪に取り付けるためには鉄製輪をゴムで被覆する必要があり、そのために、鉄製輪をゴムで被覆したものであつて、ゴムラグとは全く関係のないスポーク部は、これにゴムを被覆することなど考えもしなかつたのである。なお、本件審決は、実公昭40―29041号公報を引用し、「側板のボス部近傍位置を除いて鉄製輪側からボス部方向にその途中まで被覆することは、周知」としているが、右公報には、本願考案の鉄製輪及びスポークに関し何ら記載されていないから、適切な公知例ではなく、本願考案が対象にしている水田用ゴム車輪とは技術分野を異にするものである。また、本件審決は、右公報記載の側板は本願考案のスポークに対応する旨認定しているが、右公報記載の側板と本願考案のスポークとを同一視したのは、本願考案を理解していないからにほかならない。すなわち、右公報記載の側板と鉄製輪の間には、本願考案が問題とするような、泥水の侵入問題など全く生じないからである。更に、本件審決は、相違点(3)について、甲第4号証が周知であることを理由に、「ラグを一体的に膨出させることは、単なる設計変更としてできるから、引用例は、水田用ゴム車輪になる」という判断をしているが、引用例の車輪は、「手押車、荷車その他の運搬及び輸送用装置(engin)のための車輪」であるから、フリー回転の車輪であり、フリー回転の車輪は、そもそも滑り止めに設けるラグを必要としないのであつて、単なる設計変更としてできるという根拠は、曖昧であり、引用例の車輪は、どのようにしても本願考案の水田用車輪とはなり得ない。

第3被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

1  請求の原因1ないし3の事実は、認める。

2  同4の主張は、争う。本件審決の認定判断は、正当であつて、原告が主張するような違法の点はない。

1 取消事由(1)の主張について

明細書を補正する手続の法律上の効果は、出願日まで遡及し、手続を行つたときにその効果が生ずるのであつて、例えば、最近の手続補正Aの前に、この補正とは内容を異にする手続補正Bがなされていたとしても、この手続補正Bは、最近の手続補正Aが却下されない限り、その効果を実質上失い、最近の手続補正Aによつて訂正された明細書が願書に添附した明細書(実用新案法第5条第2項)であつて、手続補正Bが、願書に添附した明細書とはかかわりがないことは、この手続補正Bについての補正手続が却下決定されたか否かとは無関係である。したがつて、願書に添附した明細書とかかわりのない手続補正Bが過去において却下決定されたものであつても、手続補正Aについての補正手続が行われた後に、既に補正効果を失った手続補正Bについての却下決定を取り消しても、法律上いかなる効果も生じないことは法律上当然のことである。本件の昭和58年6月2日付手続補正(甲第2号証)は、前述の手続補正Aに相当し、昭和57年1月22日付手続補正は、前述の手続補正Bに相当する。したがつて、本件の昭和57年1月22日付手続補正についての昭和58年2月23日付手続補正却下決定(甲第18号証)の適、不適の判断は、いかなる法律上の効果をも生じないから、審判における審理、判断の対象にする必要のないことである。以上のとおりであるから、昭和58年2月23日付手続補正却下決定を判断の対象とせず、昭和58年6月2日付手続補正によつて全文訂正した明細書及び図面に基づいて本願考案の要旨を認定した本件審決に、原告主張の違法はない。

2 取消事由(2)の主張について

実用新案登録願についての審査、審判手続において、個々の実用新案登録願を拒絶するときは、予めその理由を通知して意見を述べる機会を与えることの趣旨は、拒絶するに先立つて、その旨を理由とともに通知し、これに対して出願人に意見があれば、これをも考慮することによつて、処分の誤りなきを期そうとするものである。したがつて、一般的には、予め通知した理由の主旨と拒絶した理由の主旨との間に本質的な齟齬がない限り、両理由が互いに異なることにはならない、と解することができるのであつて、本件審決の理由は、異議申立人小田文明の異議申立理由と異なるものではなく、その間に原告主張のような齟齬はなく、したがつて、本件審決に原告主張のような手続違反はない。すなわち、

(1)  異議申立人小田文明が提出した異議申立理由補充書(甲第15号証)には、(1)引用例には、「軸装部のボス部(12)から芯金用の鉄製輪(11)に複数本のスポーク(13)を連接して車輪を形成し、該スポーク(13)と鉄製輪との外周面部に弾性ゴムを被覆して設けるに、このスポーク部(13)における弾性ゴムは、鉄製輪(11)側からボス部(12)に至るまで被覆してなるゴム車輪」が記載されており、このものは、接地タイヤとなる鉄製輪の周縁部は、被覆材の他の部分と一体になつているから、フレームの鉄製輪から離脱することを防止でき、ゴムで被覆したフレームの金属材料の酸化(酸化腐蝕)を防止できる(第3頁第7行ないし第4頁第12行)、(2)スポーク車輪の鉄製輪の外周にラグを持つ弾性ゴム被覆を施した「水田用ゴム車輪」は、本願考案の実用新案登録出願前に頒布された特公昭48―24207号公報にも記載された公知の技術である(第5頁第1行ないし第5行)、(3)引用例に記載されたゴム車輪の用途を水田用に特定したことによつて、その用途に結びついた特有の効果を奏し得たものではない(第5頁第9行ないし第11行)、(4)したがつて、本願考案は、引用例及び特公昭48―24207号公報に記載された技術内容に基づいて、当業者が極めて容易に考案をすることができた程度のものである(第5頁第14行ないし第19行)、との記述があり、一方、本件審決理由の要点は請求の原因3記載のとおりである。

(2)  そこで、両者を対比してみるに、

(1) 本願考案の特徴は、金属フレームのリムをゴム層によつて被覆したゴム車輪を前提として、リムからゴム被覆層が剥離するのを防止し、かつ、リムとスポークとの接合部の腐蝕を防止することをその課題とし、リムのゴム被覆層と一体のゴム層によつてスポークを被覆し、かつ、このスポークの被覆をリムとの接合部からボス部方向に適当位置までとすることによつて、前述の課題を解決することができるという点にあるものと解される。

(2) 一方、異議申立理由、本件審決の理由は、ともに引用例の記載事項の理解、引用例に本願考案の本質に当たる考案が記載されているとの認定において差異はなく、また、金属フレームのリムをゴム被覆層で被覆し、この被覆ゴム層から一体的にゴムラグを膨出させた水田用ゴム車輪は、従来よく知られたところである、との事実認定においても差異がない。更に、前述の水田用ゴム車輪が従来よく知られたものであることを前提とすれば、本願考案は、引用例に記載された考案に基づいて、当業者がその知見により、極めて容易に考案をすることができたものであるとの結論において差異がない。

(3) なお、本件審決理由の要点1の「一般的に車輪のスポーク、鉄製輪については(省略)当業者の技術常識である」、及び同3の「軽量化と十分の推力の確保が(省略)自明である」との記述は、本願考案の本質とはかかわりのない付加的事項(リムとスポークとを中空パイプとすること。)に対応するものであり、その内容は、本願考案の水田用ゴム車輪のリムとスポークとを中空パイプとする点は、当業者がその知見により、従来の水田用ゴム車輪のスポーク及びリムを適宜設計変更し得たところであるとの、その理由をより詳細に開陳したものにすぎず、本件審決理由の要点2の「ボス、スポーク等の一部については(省略)従来周知の事項である」との記述は、本願考案のスポークの被覆範囲について、リムからボス部方向に適当位置まで被覆する点に対応するものである。そして、これは、スポークについての防錆のために必要な範囲として、具体的な設計において、当業者が適宜選択し得る単なる設計的事項にすぎないとの、その理由をより詳細に開陳したものにすぎない。したがつて、本件審決の理由は、異議申立理由に対して、その主旨において異なるところはない。

以上のとおり、本件審決の理由は、登録異議申立理由の主旨と異ならず、かつ、右登録異議申立理由は、審査手続において、出願人(原告)に通知し、これに対する意見陳述の機会を与えており、この手続は、審判においても効力を有しているのであるから、本件審決に原告主張のような手続違反はない。

3  取消事由(3)の主張について

(1)  引用例記載の技術内容は、リム(本願考案の鉄製輪に相当する。)をゴム層によつて被覆した従来の車輪(1輪の手押車、4輪荷車並びに運搬及び輸送用車両の車輪)につき、リムのゴム被覆層のリムからの剥離あるいは離脱を防止すること、及び車輪の金属露出部のセメント、水肥等の腐蝕性液体による腐蝕を防止することをその技術的課題とし、リムのゴム被覆層を構成するゴム材と一体のゴム材によつて、スポーク、中央ハブ部を被覆する、という手段を講じて、右課題を解決する、というものであることが、その図面及び説明の記載から明らかである。そして、右手段のうち、スポークのリム寄りの被覆は、リムの被覆の剥離防止に役立ち、少なくとも中央ハブの被覆は、専らその防蝕のためであつて、前者のようにリムのゴム被覆層のリムからの剥離防止、リム及びスポークの防蝕とはかかわりのない事項である。したがつて、引用例には、前者の被覆がある以上、本件審決において認定したとおりのゴム車輪が記載されており、接地タイヤとなるリムのゴム被覆層がスポークの被覆層と一体になつていることにより、リムの被覆層のリムからの剥離を防止することができ、リム及びスポークの水肥等の腐蝕性液体による腐蝕を防止することができる、という技術内容が記載されているということができる。ところで、動力耕運機、田植機等に装着して、水田、湿田の泥土中で使用される、いわゆる水田用車輪のうち、リムをゴム層で被覆した水田用のゴム車輪は、腐蝕性液体によつて侵される可能性があり、リムのゴム被覆層がリムから剥離する可能性のある条件下で使用されるゴム車輪である点で引用例のゴム車輪と共通するところがある。したがつて、引用例のゴム車輪は、①金属リムをゴム層によつて被覆したゴム車輪であつて、リムのゴム被覆層がリムから剥離する可能性のある使用条件下で使用され、水肥等の腐蝕性液体によつて侵される可能性のある車輪を対象とする点、②ゴム被覆層のリムからの剥離を防止するとともに、リム、スポークの水肥等の腐蝕性液体による腐蝕を防止することをその課題とする点、③リムのゴム被覆層と一体的なゴム被覆層によつて、スポークを被覆するという手段を講じた点において本願考案と共通し、共にリムをゴムで被覆したゴム車輪についての、同一課題を解決するための技術的思想に関するものであるから、両者は、同じ技術分野に属し、互いに比較の対象とすることができるものである。

(2)  なお、原告は、(1)特許庁が使用した、発明及び考案の分類表が、農機具用の車輪と他の車輪とを区分して取り扱つていること等を理由に、本願考案の水田用のゴム車輪と引用例のゴム車輪とは、対象とする車輪の属する技術分野を異にするものであつて、両者は、そもそも比較の対象たり得ないものである旨、(2)本件審決が「スポーク部の一部については防蝕上必要と考える範囲に限ってゴム層で被覆してもよいことは、当業者に自明のことである」とした点について、自明でない旨、(3)本件審決が「側板のボス部近傍位置を除いて鉄製輪側からボス部方向にその途中まで被覆することは周知」と述べている点について、参考までに例示した実公昭40―29041号公報に記載されているものは、スポークを有する車輪ではないので、適切ではなく、また、本件審決が、右の記述中の「側板」が本願考案のスポークに対応する旨注書を付した点について、右公報に記載されている車輪の側板と本願考案のスポークとを同一視したのは誤りである旨、(4)本件審決理由の要点3の「相違点(3)は(省略)設計変更にすぎないものと認められる」との認定について、その根拠が曖昧である、引用例のゴム車輪は、そもそもラグを必要としないフリー回転の車輪であるから、引用例のゴム車輪にラグを付加するということは、当業者が極めて容易になし得る設計変更ではない旨主張するが、(1)の点については、発明及び考案の分類表は、便宜的な発明及び考案の一つの区分表にすぎず、発明及び考案が属する技術分野がこれによつて区分、限定されるものではないので、原告の右主張は失当であり、本件審決には、引用例に記載されている考案の認定及び当該考案と本願考案とを比較した点において、原告所論のような誤りはない。(2)の点については、機械要素に、単に摩耗防止、腐蝕防止のためになされる被覆は、個々の機械要素についての摩耗を防止し、あるいは腐蝕を防止することの必要性の評価に基づいて、適宜選択的に行われるものであり、被覆する範囲についても、その必要性に応じて適宜選択されるものである。引用例の技術内容は、リムのゴム被覆層とスポークのゴム被覆層とを一体にしたことにより、リムのゴム被覆層がリムから剥離することを防止するとともに腐蝕防止という作用ないし効果を生ずるものであるが、スポークのリムに近い部分以外の被覆は、単に防蝕効果を生ずるにとどまり、他の特別の作用ないしは効果を生ずるものでない。したがつて、ゴム車輪の、スポークのリムに近い部分を除くその余の部分の被覆をどの範囲で行うかは防蝕の観点から防蝕の必要性についての個々の評価に応じて適宜選択し得るところであつて、引用例においてはその範囲がその余の部分全体に及んでいるだけである。このことは、本件審決でも指摘したリムをゴム層により被覆したところのゴム車輪の、リムと側板(スポークと同様リムと車輪の中央ボス部とを一体化するための中間要素として機能するもの)とを一体のゴム層によつて被覆するにつき、リムから中央ボス部に向かつてその途中まで被覆を施すことにとどめることが従来周知であることからもいえることであつて、原告の右主張は失当である。また、(3)の点については、本件審決の「側板のボス部近傍位置を除いて鉄製輪側からボス部方向にその途中まで被覆することは周知」との記述は、鉄製輪をゴム層によつて被覆したゴム車輪において、鉄製輪のみならず、その側板をもゴム層によつて被覆することについて述べているのであつて、鉄製輪からボス部方向にスポークの途中まで被覆することについて述べているのではない。また「側板」について、これがスポークに対応する旨の本件審決の注書の記述は、側板がスポークと同一であるとも、側板がスポークに相当すると述べているものでもない。鉄製輪とボス部とを一体的に連結する中間要素を、側板とした車輪とスポークとした車輪とを対応させるとき、側板はスポークに対応する、という当然のことを注意的に記述したにすぎないのであつて、原告の右主張も失当である。(4)の点については、用途の差異にかかわらず、共通の課題を解決する考案は、特段の理由がない限り、種々の用途のものに横断的に適用されることはいうまでもないことであり、また、いわゆる水田用の車輪に限らず、泥土あるいは軟弱地面を走行する車輪について、ラグを付設することは、車輪の推進力確保(車輪のスリップ防止)のための慣用手段にすぎないこともいうまでもないところである。本件審決は、鉄製輪をゴム層で被覆した車輪に、所望の間隔をおいてゴム層から一体的にラグを膨出させて、水田用のゴム車輪とすることは、従来周知の事項(このことは、本願考案の明細書の考案の詳細な説明の項に、従来の水田用のラグを有するゴム車輪として記載されているところでもある。)である旨述べるとともに、引用例のゴム車輪は、その鉄製輪のゴム被覆層からラグを一体的に膨出させることが可能でないと解すべき技術的な理由はないと、その理由を述べているのであり、引用例のゴム車輪について、その鉄製輪のゴム被覆層からラグを膨出することを技術的に困難ないしは不可能にする事由が存在するとすれば、鉄製輪のゴム被覆層からラグを一体的に膨出させて水田用のゴム車輪とすることが従来周知であるからといつて、引用例のゴム車輪に当該周知事項を適用することは、当業者が極めて容易になし得るところである、とは直ちに断じられないが、そのような事由が存在していない以上、引用例のゴム車輪に前述の周知事項を適用することは、当業者が極めて容易になし得るところである、ということができる。なお、原告は、引用例のゴム車輪は、フリー回転する車輪であると主張するが、そのように解すべき理由はない。したがつて、原告の右主張も理由がない。

第4証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(争いのない事実)

1  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

2 原告は、本件審決には、(1)判断偉脱ないしは審理不尽の違法(取消事由(1))、(2)実用新案法第41条において準用する特許法第159条第2項及び第50条の規定違反の違法(取消事由(2))並びに(3)本願考案のゴム車輪(水田用ゴム車輪)と引用例のゴム車輪(手押車等のゴム車輪)とでは、その属する技術分野を異にするゴム車輪であるにもかかわらず、右技術分野の相違を看過して本願考案と引用例記載の技術内容とを対比した結果、本願考案は引用例記載の技術内容と同一ないし引用例記載の技術内容から極めて容易に考案をすることができたものである旨の誤つた認定判断をした違法(取消事由(3))があり、いずれにしても取り消されるべきである旨主張するが、右主張は、以下に説示するとおりすべて理由がないものというべきである。

1  取消事由(1)の主張について

当事者間に争いのない本件に関する特許庁における手続の経緯によれば、本願考案の出願人である原告は、本願考案の出願公告後の昭和57年1月22日付で明細書の実用新案登録請求の範囲の項及び考案の詳細な説明の項を補正する手続補正書を提出したところ、昭和58年2月23日付で右補正を却下する旨の決定及び拒絶査定を受けたので、同年6月2日、本件審判の請求をするとともに、全文補正明細書及び補正図面を提出して手続補正をしたことが明らかである。右の事実によると、原告は、右後の補正手続により前記補正却下の決定についてはこれを争わず、承服したものとみるべきであるのみならず、補正の効果は、それが却下されない限り、願書提出時にまで遡及するものと解するを相当とする(このことは、実用新案法第9条において準用する特許法第40条及び実用新案法第41条において準用する特許法第128条の法意に照らし、明らかである。)から、本件において、先になした補正は、これに対する補正却下決定の有無にかかわりなく、後の補正によりその存在意義を失つたものであり、もはや補正却下決定を争う余地はないものといわざるを得ない。したがつて、右後になした補正後に提出した昭和58年9月2日付審判請求理由補充書において、原告が前記補正却下決定の当否を争ったことは、成立に争いのない甲第19号証の1により認められるけれども、前段説示のとおり、右補正却下決定を争うことができない以上、本件審決がこの点についての判断を示さなかつたからといつて、このことは本件審決を違法ならしめるものではなく、原告の右主張は、採用するに由ない。

2  取消事由(2)の主張について

実用新案法第41条において準用する特許法第159条第2項及び第50条が、拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶理由を発見した場合に、請求人に対し、予め拒絶理由を通知すべき旨を定めた趣旨は、請求人に拒絶理由に対して意見書を提出する機会を与え、意見があれば、右意見を更に考慮することによつて、処分の過誤なきを期すること(このことは、拒絶査定をするときに、予め拒絶理由の通知をするのと同趣旨である。)にあるから、予め通知した理由の主旨と審決の理由の主旨との間に実質的に齟齬がない限り、新たに拒絶理由を通知する必要のないことは多言を要しないところというべきである。

よつて、本件についてこれをみるに、原査定が登録異議申立人小田文明提出に係る登録意義申立理由補充書(甲第15号証)を拒絶の理由として援用していることは、原告の自認するところであり、成立に争いのない甲第15号証(右登録異議申立理由補充書)によると、右登録異議申立理由補充書には、原告主張の内容の記載があることを認めることができるところ、原告は、「本件審決は、本願考案と引用例記載の技術内容とを対比した結果、両者間には(1)ないし(3)の相違点があると認定し、それ自体既に原査定とは異なる理由となつているばかりか、相違点(1)について、本件審決理由の要点1記載のとおり認定判断しているが、右のような拒絶理由は、原査定の理由中に全く示されておらず、また、右理由中で引用されている実公昭49―26083号公報(甲第4号証)は、前記小田の異議申立理由中では引用されていない新たな引例である。また、本件審決は、相違点(2)について、本件審決理由の要点2記載のとおり認定判断しているが、①緩衝作用等の他の機能とかかわりがないボス、スポーク等の一部については防蝕上必要と考える範囲に限つてゴム層で被覆してもよいことは、当業者に自明のことであるとした点、②側板を引用例のスポークに対応するとした点及び③ゴム層によつて被覆して保護するにつき、側板のボス部近傍位置を除いて鉄製輪側からボス部方向にその途中まで被覆することは、従来周知であるとして実公昭40―29041号公報を引用した点は、いずれも原査定の理由中に全く示されておらず、また、右公報は、前記小田の異議申立理由中では引用されていない新たな引例である。更に、本件審決は、相違点(3)について、本件審決理由の要点3記載のとおり認定判断しているが、右のような拒絶理由は、原査定の理由中に全く示されていない」旨主張する。しかしながら、相違点(1)についての本件審決理由の要点1の認定判断のうち、「一般に車輪のスポーク、鉄製輪については、中空パイプで構成することも従来良く知られたことであり、いわゆる水田用のラグ付ゴム車輪においても周知の事項である」ことは、原告もこれを認めて争わないところであり(原告が新たな引例と主張する実公昭49―26083号公報は、右周知事項を例示したものにすぎない。)、その余は技術常識並びに右周知事項に基づく認定判断であり、相違点(2)についての本件審決理由の要点2の原告主張の認定判断部分は、いずれも当業者に自明な事項及び周知事項についての認定及び右認定に基づく認定判断であつて、引用された実公昭40―29041号公報は異議申立人が引用した公報とは違うものの、周知事項を例示するものとして示されたもので新たに拒絶理由として引用したものではなく、また、相違点(3)についての本件審決理由の要点3の認定判断も、周知事項の認定及び右周知事項に基づく認定判断であつて、新たな拒絶理由や新たな引例を用いて本願考案の登録出願を拒絶したものとはいい得ない。また、本願考案と引用例との相違点が、本件審決の理由と原査定で援用した前認定の登録異議申立理由補充書の記載とで異なるとの点も、両者を対比すれば、実質的に理由を異にするものでないことは明らかである。以上のとおりであるから、本件審決には原告主張のような手続違反はなく、原告の右主張は採用することができない。

3  取消事由(3)の主張について

(1)  一般的に車輪のスポーク、鉄製輪については、中実材で構成することはもとより、中空パイプで構成することも従来良く知られ、いわゆる水田用のラグ付ゴム車輪においても周知の事項であつたことは前示のとおりであり、また、鉄製車輪をゴム層で被覆したゴム車輪に所望の間隔をおいて一体的にラグを膨出させて、これを水田用のゴム車輪とすることが従来周知の事項であつたことは、当事者間に争いがなく、以上の周知事項から、本願考案の構成のうち、「軸装部のボス部から芯金用の中空パイプの鉄製輪に複数本の中空パイプスポークを連接して車輪を形成し、鉄製輪の外周面部に弾性ゴムを被覆し、その弾性ゴムには所望の間隔をおいて一体的に膨出するラグ体を設けてなる水田用ゴム車輪」という構成は周知であると認められる。

(2)  成立に争いのない甲第2号証(昭和58年6月2日付手続補正書)によれば、従来周知の前記ラグ体を有する水田用車輪は、鉄製輪の外周に弾性ゴムを被覆していたが、鉄製輪の外周に被覆した弾性ゴムは、伸縮を生じ、スポークと鉄製輪との連接部に、スポークの側から泥土や泥水が侵入して、該連接部を錆させたり、この部分から弾性ゴムが剥離して水田用車輪の耐久力を低下させる大きな要因となつていたことから(同号証第2頁第10行ないし第3頁第2行)、本願考案は、右課題を解決するため、前記周知の構成に、鉄製輪の外周面部のほかスポークの外周面部に鉄製輪側からボス部方向の適当位置まで、ボス部近傍位置は除いて弾性ゴムを被覆するという構成を採用し(前記本願考案の要旨のとおりの構成)、その結果、スポークと鉄製輪との溶接部が完全に防水された形態となり、該溶接部にまで泥水が侵入せず、非常に錆易いこの溶接部の防錆を促し、しかも弾性ゴムに牽引力が働いて、該弾性ゴムの伸縮が起きてもスポークの付根部から弾性ゴムが剥離することがないという作用効果を奏し得るものであることを認めることができる。

これに対し、成立に争いのない甲第3号証(引用例)によれば、引用例の「RESUME」の項には、「主として、同時に弾性的なタイヤを構成しているゴム物質又は類似の材料の中に完全に包み込まれている金属の骨組みから成り、その骨組みがリム、中央のハブ及び中間のスポークを含んでいることを特徴とする。手押車、荷車その他の運搬及び輸送用装置(engin)のための車輪」との記載があり、本文中には、「問題にしている種類の車輪は最もしばしば金属で作られ、規則正しく間隔を置かれたスポークによつて中央のハブに結合された適当な直径のリムを含んでいる。リムは、一般に、地面の凹凸によつて決定される衝撃又は振動を緩和し、そのようにして考えているエンジンの移動を容易にするのに適当なゴム又は類似の物質で作られたライニング又はタイヤを備えることが知られている。リムへの環状のタイヤの固定が比較的長い作業を構成し、そのうえ、また中でもこの固定を保証するビスあるいはその他のものが急速にタイヤのゴムを引き裂き、そのようにしてタイヤが劣化させられることは容易に理解される。そのほか、車輪の金属が運ばれている物質の避けることができない吹付けの結果生じる酸化を受けることが考えられる。この不都合は、腐蝕性の液体の物質(セメント、コンクリート、水肥等)の運搬のための用具に関するとき、特に著しい。」(第1頁左欄第6行ないし第28行)と、従来のリム部のみをゴム等で覆つた車輪の欠点についての記載があり、次いで、リム部及びスポーク部の全てをゴムで被覆するということから、「これらの条件下で、金属の骨組みは完全に保護され、弾性的なタイヤがいかなる場合にもリムから離れる危険を冒さないことが直ちに理解される。(第1頁右欄第5行ないし第9行)、「このように作られたゴムの鞘が骨組みの金属のあらゆる酸化に抗し、そのようにして骨組みが完全に保護されることが、とにかく理解される。走行タイヤを構成するリムの周囲部分は、どのような場合にも骨組みのリムから剥離することがあり得ない。」(第2頁左欄第35行ないし右欄第5行)との記載があることが認められ、右記載及び添付図面の記載によれば、引用例には、リム(本願考案の鉄製輪に相当する。)をゴム層によつて被覆した従来の手押車、荷車その他運搬及び輸送装置(engin)のための車輪について、ゴム被覆層のリムからの剥離あるいは離脱を防止すること、及び車輪の金属露出部がセメント、水肥等の腐蝕性液体により腐蝕されることを防止することをその技術的課題として、リムのゴム被覆層を構成するゴム材と一体のゴム材によつて、スポーク、中央ハブ部を被覆するという手段をとることによつて、右技術的課題を解決し、接地タイヤとなるリムの被覆層がリムから剥離することを防止するとともに、リム及びスポークの水肥等の腐蝕性液体による腐蝕を防止することを可能ならしめる技術的思想が開示されているものと認められる。

(3)  原告は、引用例のゴム車輪は、本願考案のゴム車輪とその属する技術分野を全く異にし、したがつて、技術内容の発展過程もおのずから異なるものであるから、引用例記載の技術内容を本願考案の新規性・進歩性を判断する際の基準とすることはできない旨主張するが、前認定のとおり、引用例には、ゴム車輪、すなわちリムの外周面に弾性ゴムを被覆したゴム車輪に関する技術の開示があり、この技術分野については、その明細書の「RESUME」の項に、「手押車、荷車その他の運搬及び輸送用装置(engin)のための車輪」とあるように、手押車、荷車に限らず、種々の運搬及び輸送に使用される用具の車輪に適用されるものであり、種々の運搬に使用される車輪として農作業用のゴム車輪としての用途がその技術分野から除かれると解すべき理由は見当たらない(むしろ、腐蝕性の液体物質の一種として引用例に例示されている「水肥」は農業あるいは園芸とかかわりがあるものと理解される。)から、引用例のゴム車輪は、種々の運搬等に使用されるゴム車輪に適用されるものと解されるのであつて、引用例記載の技術内容が本願考案の水田用ゴム車輪と技術分野を異にするものということはできず、したがつて原告の右主張は、採用することができない(なお、原告は、特許庁が採用した「発明及び考案の分類表」について云為するが、右は特許庁における文献等の資料の整理、審査担当官の割当て等の実務上の便宜のための1つの区分表にすぎず、これが実用新案法第3条第2項でいう「その考案の属する技術の分野」を限定するものではないこと明らかである。)。

そこで、前認定の事実に基づき、本願考案と引用例記載の技術内容とを対比してみるに、引用例のゴム車輪のリム部は本願考案の鉄製輪に相当し、両者は、共に軸装部のボス部から芯金用のリム部に複数本のスポークを連接して車輪を形成し、該スポークとリムとの外周面部をゴム層によつて被覆したゴム車輪である点においてその構成を同じくし、本件審決認定のとおりの3点(請求の原因3の相違点(1)ないし(3))において相違することを認めることができるところ、右相違点(1)については、前記のとおり一般的に車輪のスポーク、鉄製輪については、中実材で構成することはもとより、中空パイブで構成することは周知に属し、その奏する効果が軽量化に寄与することは技術上の常識と考えられるから、引用例の車輪の鉄製輪及びスポークを中空パイプとすることは、車輪の軽量化を図るために、当業者が適宜なし得る単なる設計変更にすぎないものと解するのが相当であり、相違点(2)についても、本願考案において、環状リム(鉄製輪)のほかに環状リム(鉄製輪)側からリブ側(ボス部)方向の適当位置まで弾性ゴムでスポークを被覆するのは、スポークと環状リム(鉄製輪)との溶接部にまで泥水が侵入するのを防止して、非常に錆易いこの溶接部の防錆を促し、しかも、弾性ゴムに牽引力が働いて伸縮が起きても、スポークの付根部から弾性ゴムが剥離することがないようにするためにほかならないところ、環状リム(鉄製輪)のほかにスポークをも被覆することによつて、環状リム(鉄製輪)及び環状リム(鉄製輪)とスポークとの接合部並びにスポークに錆が生ずるのを防止し、弾性ゴムに牽引力が働いて伸縮が起きても、スポークの付根部から弾性ゴムが剥離することがないようにした構成は、前認定の引用例のゴム車輪のこの点の構成に照らし、引用例の車輪と基本的に同一の技術的思想に基づくものと認められ、更に、リムからの弾性ゴムの剥離の防止という観点からすれば、前述した現象によつて、弾性ゴムが一番剥離し易いリムとスポークとの接合部を弾性ゴムで完全に塞ぐようにすることによつて、リムからの弾性ゴムの剥離を防止することができることが明らかである以上、本願考案のように、弾性ゴムの剥離防止という点を重視して弾性ゴムの被覆をスポークとリムとの接合部からスポークの適当な位置までとすることは、適宜変更し得る程度の事項にすぎないといえるし、本願考案の右構成による前認定の作用効果も引用例記載の技術内容の奏する作用効果と差異があるものとは認められない。更に、相違点(3)についても前記のとおり、鉄製車輪をゴム層で被覆したゴム車輪に所望の間隔をおいて一体的にラグを膨出させて、これを水田用のゴム車輪とすることは従来周知の事項にすぎず、右周知の事項からして、引用例のゴム車輪にラグを一体的に膨出させて水田用ゴム車輪とすることは、当業者が、右周知の事項に基づいて極めて容易になし得る単なる設計変更にすぎないものと認めるべきである。原告は、引用例の車輪は、「手押車、荷車その他の運搬及び輸送用装置(engin)のための車輪」であるから、フリー回転の車輪であり、フリー回転の車輪はそもそも滑り止めに設けるラグを必要としないのであつて、単なる設計変更としてできるという根拠は、曖昧であり、引用例の車輪は、どのようにしても本願考案の水田用車輪とはなり得ない旨主張するが、前認定のとおり、引用例のゴム車輪はフリー回転の車輪に限定した技術内容を記載したものと解することはできず、前認定の引用例記載の技術内容と前記の周知事項を合わせれば、単なる設計変更にすぎないと解するほかはなく、原告の右主張も理由がないものというべきである。

以上認定説示したところによると、本願考案は、引用例記載の技術内容及び従来周知の事項から、当業者が極めて容易に考案をすることができる程度のものとみるのを相当とし、この点について本件審決に誤りがある旨の原告の主張は失当というべきである。

(結語)

3 以上のとおりであるから、その主張のような違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(武居二郎 杉山伸顕 川島貴志郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例